CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

東日本大震災で経験した教訓をまだ生かせていないのか(タイの大浸水被害でまた)


■質問■

<前略>

ご無沙汰させて頂いております。本日は、東日本大震災の直後先生が発せられた警告、「過度の在庫縮小やバックアップ生産体制の不備は、己の首を絞めるに等しい経営選択」に関連する情報を賜りたく、お問い合わせさせて頂きました。

弊社では、かねがね先生が仰られておられます「脱中国」を実践すべく、東南アジアを中心に、生産拠点の移動を数年前より進めて参りました。近年は政情の不安はありますが、真面目な国民性のメリットを選び、タイへも大きな資本投入を行っております。

しかしご案内のような、今般発生した大浸水被害を受け、我々の選択が正しかったのかという疑問が、社内からわき起こっております。工場設備や休業補償などの損害については、幸いにして保険で賄うことができますが、これに影響されて生産が停止した商品での、ビジネスチャンス逸失分までは、補填されません。

恐らくタイ生産拠点の全てが正常に戻るまでには、少なくとも半年はかかると見ており、その間の、ビジネスチャンス逸失の金額は、馬鹿にならない数字になる予定です。

先生は、上記連載の中で、国内におけるバックアップの開発拠点、生産拠点の必要性を強く説いておられましたが、今回のような海外における生産拠点のあり方にも、同じ事が言えると感じました。しかし、海外生産拠点での投資費用などを考えたときに、先方国に対する雇用などのコミットも含め、様々な制約上、野放図にバックアップ態勢を取るわけにも行かず、結局これまでは全く手を打って参りませんでした。

今後は、先生のご持論も踏まえながら、取組むべき方向性を定めて参ろうと思うのですが、ちなみに今回のタイでの出来事で、既に先生のご持論に則って、難を逃れた我が国製造業は存在するのでしょうか。

<後略>

■回答■

唯一、一社ございます。現在支援中の、ほか数社にも、8月末頃から、手を打つように警告を発していたのですが、他は間に合いませんでした。

そもそも今回のタイにおける大浸水は、時間的に極めて緩やかな被害進行でした。北部地区での浸水状況から、誰もがそれぞれの進出生産拠点への被害到来が予測できたはずです。

そしてその被害到来に対して、普段から浸水被害発生予測時の対処方法さえ定めてあれば、手を打つ時間は十分にあった災害状況です。

ちなみに、難を逃れた一社は、現時点では、タイの生産拠点は、ほぼ完全に水没状態です。最も深いところでは、2mほどの水深だそうです。

しかし、浸水が始まる一ヶ月以上前から、近隣国生産拠点への設備移動を行い、工場への浸水発生時点では、建家と数台の車だけを残す状態にまで、手が打てたそうです。そして移設した設備では、既に半分以上の生産を、再開しているそうです。

そもそも今回のタイの大洪水は、6月から始まった北部地区での大降雨が原因です。大洪水の一つの原因となったプミポンダムは、7月時点で前年同期比貯水量の2倍である63%を越え、8月からは平均一日放水量の450万m3を、2200万m3に増やし、さらに9月には、2600万m3、さらに10月1〜14日には、7700万m3へと増やしておりました。当然素人でも下流域での大浸水が予測できたはずです。

それでなくても例年10月には、浸水被害の危険性を孕んでいたその一社は、私からの警告も踏まえ、早々と9月上旬時点で、大きな浸水被害を受けるであろうと判断し、生産設備の隣接国生産拠点への一時移転を、決断したわけです。

ただこの一社も、全て私の持論を受け入れてくれて、リスク排除を行ってくれていたわけではありませんでした。偶々隣接国の生産拠点が立上げ直後で、スペース的に大きな余裕を持っていたことと、タイ生産拠点の熟練工達を、週末には自宅に戻れる形で、現地に送り込める環境にあったことなどが幸いいたしました。

今後は、私の考え方を(当然算盤を弾きながらですが)積極的に採用して頂けるそうですが、やはりどこも一度痛い目を見るか、見そうにならないと重い腰は上がらない物です。

いずれにしろ私の提言「過度の在庫縮小やバックアップ生産体制の不備は、己の首を絞めるに等しい経営選択」を、海外の開発拠点や生産拠点、さらには営業拠点も含めて、ご検討されることをお奨め致します。

尚、貴社の場合は、その製品の大きさから考え、支払われる保険料を活用して、高床式工場にすれば、従業員の通勤の問題を除き問題が解決できるのではないでしょうか。なぜ最初から、この程度のリスク回避を考えなかったのでしょうかね?